C83 流星サブセイダース発足! の一部

「僕以外……みんな風邪ひいちゃうなんて……」
 本日生徒会室に最初に到着したのはシンだった。どちらが先に到着するか、と一方的に勝負を仕掛けてくる聖沙がすぐに来るだろうと思っていたのに、五分、十分経っても一向に姿を現さなかった。それだけではなく、二十分経ってもリアすら姿を見せないのである。何か突発的な用事が入って遅れているのだろう、と思い込みながら生徒会室の掃除を始めていたのだが、誰も生徒会室の扉を開くことがなく一時間が経過してしまった。
「ナナカは出席の時点で風邪だって分かってたけど、みんなロロットの風邪をもらっちゃったんだ……」
「ったく、あの天使は本当にロクなことをしないぜ」
「ロロットを責めたら可哀想だよ、パッキー」
「けっ、風邪を引いたやつは周りにウイルス撒き散らさないようにマスクをするのが礼儀ってもんだぜ」
「どうしてそんなにやさぐれてるのさ?」
「リアちゃんとの甘い一時が無くなっちまったじゃねーか!」
「ま、まぁまぁ……」
 いつだって甘い一時を過ごしたことなんてないじゃないか、というツッコミの言葉を飲み込みシンはパッキーを宥める。
 四人が風邪をひいたということは、しばらく生徒会は生徒会長であるシンがたった一人で運営しなければならなくなる。そう考えるとシンも思わず溜息を漏らしてしまいそうになった。生徒会長は全ての仕事をオールラウンドにこなせるとはいえ、たった一人で仕事を抱え込むには負担が大きすぎる。
「でも、聖沙もナナカもリア先輩も風邪をひいちゃったってことは、ロロットの風邪は感染力が強いのかな? それなのに僕一人元気だけど?」
「魔王様は普段から貧困生活してるからな。そのせいで免疫力やら抵抗力が培われてるんだろ。どう考えても一日の栄養が足りてないのに無駄に元気だからな、魔王様は」
「無駄にって言わないでよ」
「ククク……さすが魔王様だぜ。風邪のウイルスなんて相手じゃないってことか」
「え、魔王って病気にかからない体質なの?」
「そんな話は聞いたことないけどな」
「なんだ……」
 けれど、思い返してみてもここ十年くらいは風邪で寝込んだことはなかったような気がする。冬場でも半袖、短パンで外を遊びまわっていたけれど、よくそんな格好をして風邪をひかなかったな、と自分でも驚いてしまう。
「それよりも、生徒会活動はどうしようかな……。僕一人じゃ聖夜祭のことも話し合えないし……」
「保留にしておくしかないぜ。他に仕事はないのか?」
「うーん……掃除もさっき済ませちゃったし、あとは各部活からの要望や意見が書いてある意見書を読んで、各部に直接話を聞きにいって問題を解決する、っていうことくらいかな」
「地味な仕事だぜ」
「これも立派な生徒会の仕事だよ」
 シンは、昨日聖沙がまとめてくれていた意見書の束を手に取り一枚ずつ目を通していく。だが、要望のほとんどはシン一人では解決できそうにないものばかりだった。残念ながら、皆が風邪を完治させるまではろくな仕事ができそうにない。
「うーん……やることがないね。ナナカの仕事でも手伝っておこうかな」
「やめておいた方がいいぜ。きっと金額を見ただけで魔王様は卒倒しちまいそうだぜ」
「す、数字だけなら大丈夫だよ、きっと」
「五百円すら直視できないくせに、そんなの無理だぜ」
「じゃあ……ロロットの書記の仕事を手伝おう」
「あの天使は毎日食べるか寝てるかのどっちかしかしてないぜ」
「そ、それじゃあ……リア先輩みたいに美味しいお茶を淹れて……」
「どうせ出涸らしになるぜ」
「……僕、何もできないや」
「じゃあ何もしなくていいんじゃねえか?」
「そういうわけにもいかないよ」
 いくら考えてみても自分にできることが思いつかず、シンは唸りながら室内を歩き回る。一台だけ備えられたノートパソコンを整理しようとしたけれど、つい先日ファイルは整理してしまったし、キラフェスの写真のバックアップ作業は終わっている。昨日の掃除で埃は欠片も見当たらないし、普段お茶の時間に使っている湯呑みやティーカップは漂白剤に浸けたばかりで茶渋は完璧に洗い落とされている。
「僕は生徒会長だし、みんなの模範になるような行動をしなきゃ」
「それじゃあ校内を歩き回ってたら仕事なんてゴロゴロ落ちてるんじゃねえか?」
「そうだね。それじゃあ今日は一人で歩き回ってみることにしようかな」
 生徒会室に仕事がないのならば、パッキーの言う通りここから出て校内をうろついてみることにしようか。生徒会活動とは違う、たんなる雑用になってしまうかもしれないけれど、サボッているよりはマシだ。
 よし、と小さく自分を鼓舞して早速生徒会室から出て行こうとする。
「話は聴かせてもらった!」
「ヘ、ヘレナさん!」
 だが、突然呼び止められてシンは立ち止まる。声が聞こえてきた背後を振り返ると、この生徒会室にはシンとパッキーしかいなかったはずなのに、ヘレナが両腕を組んで澄ましたような笑顔を浮かべて窓際に立っていた。どうやら今日もまたキャラを作っているらしい。
「ど、どこにいたんですか……? 僕とパッキーしかいなかったはずなのに」
「ん? カーテンの裏よ」
「小学生じゃないんだから……。そういえばリア先輩は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。39.5度の熱を出して寝込んでるわ」
「大丈夫じゃないと思うんですけど……」
「聖沙ちゃん、ナナカちゃんも同じ症状みたいだから、どうやらロロットちゃんから風邪をうつされてしまったみたいね。凄いわね、シンちゃんだけピンピンしてるじゃない」
「どうしてなのかは僕も分からないです」
「うーん……免疫力が高いのかしら。リアは昨日家に帰って来てから念入りに手洗いをうがいをしても感染してしまったっていうのに……。もしかしたら、シンちゃんは普通の人とはかけ離れた強靭な抵抗力を持っているのかしらね」
「えっ!」
 ヘレナは冗談のつもりでいったのだろうけれど、まるでシンが人間ではなく魔王であると言われているような気がして思わず後ずさりしてしまう。この理事長は、たまに人が必死になって隠そうとしていることをあっさりと看破してくるのが怖い。ヘレナは特に意図せず言ったのだろうけれど、シンの動悸が少しだけ激しくなった。
「どうしたのシンちゃん?」
「い、いえ……何でもないです……」
「それよりシンちゃん。皆の風邪が治るまでは生徒会活動はお休みでいいわよ」
「え、でもそれじゃあ……」
「そんなことよりも、もっと大事なことがあるわよ?」
「大事なこと……?」
「みんながいなくなって困るのは生徒会活動だけじゃないでしょう?」
 呆れたようにヘレナがそう言ってシンの胸を指差した。冷静に考えてみろ、ということだろうか。シンは腕を組み、首を小さく傾げながらヘレナが言わんとしていることを推測してみる。
 ナナカ、ロロット、聖沙、リアがいなくなってシンが困るようなこと。共通しているのは全員が生徒会の一員であるということだ。しかし、生徒会活動以外で五人が行動していることはあっただろうか。生徒会活動後に寄り道をして食事をしに行く、というのは関係がなさそうだ。もしかしたらナナカが病に倒れたことで朝食のソバが食べられなくなってしまったことだろうか。しかし、それではナナカ以外の三人が関係がない。生徒会活動も食事も関係がないとすれば、残るは皆と一緒に行っている魔族退治しかなさそうだが。
「……あ」
「気付いたみたいね」
「そっか……魔族退治……」
 胸を指された理由は、思い出せ、ということではなく、守護天使の力を借りるために必要なロザリオのことを意味していたのだ。ようやくヘレナの危惧の矛先が分かり、そして同時に現状が恐るべき状況であることに気付き、シンは言葉を失った。
 この数日間、夜のパトロールで魔族と遭遇することがなく平和ボケしてしまったからかもしれない。流星生徒会、いや流星クルセイダースの中で現在魔族と交戦することができるのはシンしかいないのだ。シン一人の力量など高が知れている。魔族一人すらシン一人では退治することができないだろう。
 背中に纏わり付くような恐怖を感じ、シンは震える手でロザリオを握り締める。ここ最近は魔族に遭遇することはなかったけれど、この平穏が四人の仲間の完治するまで続くという保証はどこにもない。早急に手を打たなければ流星学園、いや流星町の平和が脅かされることになる。
 だが切り札がないわけではない。パッキー以外は知らない事実。シンは魔王の力を持っているということだ。まだ完全に力をコントロールできるわけではないけれど、それでも病に倒れた仲間達の戦力は埋めることができるかもしれない。しかし、魔王であることを明かすことはなるべく避けたい。ナナカと、ロロットと、聖沙と、リアと、今まで培ってきた絆が、魔王であるという隠し事を明かすことで粉々に壊れてしまいそうで怖くなる。
 それでも、今は迷っている場合ではないのかもしれない。この躊躇のせいで魔族退治に失敗すればそれはシンの責任ということになる。キラキラの学園生活に別れを告げる覚悟を固める必要がありそうだ。
「シンちゃん。そんなに思い詰めなくても大丈夫よ」
「え……?」
 そこへ、ヘレナがシンを安心させるように肩を二度叩いた。
「さすがにシンちゃん一人に魔族退治を任せるのは酷だもの。というわけで、今回は頼れる助っ人を用意したわ!」
「助っ人……ですか?」
「そう。助っ人はピンチの時にこそ現れるものよ」
「けどよ、魔族と対等に戦うためには霊術か魔法を行使しないと対抗できないぜ」
「パーちゃん、私がそんなこと見落とすと思う? ここに来るように言ってあるから、もう少ししたら来ると思うわ」
 良かった、とシンは胸を撫で下ろし安堵する。理事長であるヘレナが用意してくれたのだ、きっとシン達の実力を軽々と凌駕するような人物に違いない。シンにはそんな人に心当たりはないけれど、顔の広いヘレナだからこそ、こうした突発的な人員補充が可能だったのだろう。
 問題はクルセイダースとしてのコンビネーションの問題だ。上手く呼吸を合わせられるような人であればいいけれど。そんな期待と不安が緊張を呼び起こすと、生徒会室の扉が控えめにノックされた。どうやらヘレナが呼んだ助っ人が到着したようだ。
「空いてます、どうぞ」
「来たわね。心配しなくてもいいわよ、シンちゃんの知ってる人だから」
「僕の知ってる人……? って、あっ!」
 魔族と互角以上に渡り合えるような人物。シンの知り合いにそんな人がいただろうか、と思い出す前に生徒会室の扉がゆっくりと開いた。そして姿を現した四人の女子生徒を見て、抱いた期待が即座に疑問へと変わっていく。