来年の夏コミ小説? ティンクル☆くるせいだーすPSS Venus Embryo〜Grand Finale〜 プロローグ

「……話は以上よ」
 ルルシェはそう締めくくると、短い吐息を漏らして肩を脱力させた。一度、メリロットとヘレナに視線をやったが、口を噤むとルルシェは俯き目を伏せてしまった。
 そして、流星クルセイダースとアゼルの六人は、その驚くべき真実を耳にして言葉を失っていた。長い静寂の中で木霊しているのは、図書館の受付横に設置されている大きな柱時計が時を刻む音だけだった。
 呆気に取られてしまうのも無理はなかった。去年の聖夜祭において、人間、天使、魔族が力を結集し、三界の崩壊を引き起こすリ・クリエを退けたが、その原因というのが神様が恋煩いだというのだから。
 だが、おそらくこの中で最も強くショックを受けているのはメリロットだ。彼女はニベの一族としてリ・クリエに関する様々な事象の観測を行い、膨大なまでのデータを収集し続けてきたのだから。それが、全く無意味とまではいかないまでも、長年の調査によって作り上げた説を根底から砕かれてしまったのだから、茫然自失してしまってもいいくらいだ。
「……ごめんなさい」
 長い沈黙を破ったのはルルシェだった。一度顔を上げると、メリロットの瞳を真っ直ぐに見つめて頭を下げた。
「ずっと……あなたにはつらい使命を課してしまって……」
「……ふぅ。確かに、ショックがないと言えば嘘になってしまうかもしれませんね」
「世界が滅びちゃう、っていうリ・クリエの原因が、好きな人に会いたいっていう神様の気持ちだかんね……」
「そうまでして魔王さんに会いたかったんですね」
「……ま、良かったじゃない。メリロットの代でこの使命も終わったと思えば」
「そう簡単に割り切れることではありませんよ……」
 メリロットは重たいため息をついたけれど、その表情には少しだけ微笑みがあった。
「こんな謝罪だけで、全てが許されるなんて思ったりしてないわ。だから……」
「ルルシェさん。これ以上気に病んでも、それは詮ないことです。今は過去を振り返るよりも、前を見つめましょう」
「メリロット……」
「そうそう。誰一人としてルルシェちゃんを責めようなんて人はいないわ。そうよね?」
 そう言ってヘレナが全員の顔を見回すと、示し合わせたようにシン達は小さく頷いた。真実に驚いたという気持ちを完全に拭うことはできないけれど、迷惑を被ったなんて後ろ向きな気持ちはこれっぽっちもない。
「つまり、魔王を求める気持ちがイレアさんになって、世界を守ろうとする気持ちがルルシェさんになった、ってことでいいのかしら?」
「ええ、そうなるわね……」
「イレアの本質はリ・クリエに酷似した力ってわけだな?」
「ってことは、アタシ達はまたあのラスボス級の敵と戦うってこと?」
「最低で、だけどな。ま、きっとそれ以上の覚悟が必要になるんじゃねーか?」
「でも、戦うって決まったわけじゃないわ。きっとイレアさんともしっかりとお話することができれば……」
「素直に耳を貸してくれればいいけどな」
「最初に会った時は、戦うことになっちゃったもんね……」
「ひぅぅ……もうこりごりです……」
「おおごとになってきたな」
 だが、話が現状の確認へと戻ると、図書館の空気は悲観的な重さを増していった。ナナカ、ロロット、聖沙、リアの四名は一度イレアと戦ったこともあって、とりわけ表情は暗いものだった。
 イレアは意図的にリ・クリエと同じ三界の崩壊現象を引き起こすことができる。おそらく、イレアが持つ潜在的な力は数週間前の聖夜祭で退けたリ・クリエの力を軽々と凌駕する。そう考えると、手放しに楽観的に構えることが難しいのはよく分かる。
 けれど、シンは同じ議題の席に付きながらも、心情的には一歩距離を取って話し合いを聞いていた。
 果たして、イレアを止めることが三界の危機を救い、平和を取り戻す目標であるのだろうか。頭の中に生じたその引っ掛かりを取り除くことができなくて、一人だけシンは居心地の悪さのようなものを感じていた。
「……ねぇ、ルルシェ。一つだけ聞いてもいいかな?」
「何かしら?」
「ハーヴィスさんが……その、自分を封印したっていうのは……」
 先刻のルルシェの話にあった、初代魔王ハーヴィスが辿った運命。それについて改めて確認しようとしたが、シンの言葉を聞いた途端にルルシェの瞳が今にも涙を零しそうな程に悲しみを帯びた。
「ハーヴィスは……リ・クリエをその身に宿して、封印したの……。そのおかげで、リ・クリエを止めることができたけど……彼がもう目覚めることは……」
「……ハーヴィス様は、最初から自分を犠牲にしてリ・クリエを封印するつもりだったんだ。俺様も、ロザリオに宿ってるルミエル達とも力を合わせても、結局消滅させるまでには至らなかったんだ」
「誰一人としてハーヴィス殿の決断に気付かなかった我らにも、その責任はあるのやもしれないがな……」
 最初に起きたリ・クリエを知る三人は、悲哀、苦難、後悔を滲ませながら言った。
 だからこそ、シンは確信した。魔王と会うためにリ・クリエもどきを引き起こすイレアを止めることが、到達すべき結末ではないということに。その果てに平和が訪れたとしても、悲しみを全て拭い去るということにはならないということに。
 シンが目指すもの。それはキラキラの学園生活をおくること。それは自分だけではなく、流星生徒会が発足した時に全校生徒の前で誓ったことだ。いや、流星クルセイダースの使命を任されてから、シン達に関わってきた天使や魔族、そして流星町に住む人々さえも巻き込む大きな願いになった。
 だから、イレアやルルシェも助けてあげたいと思う。そのためにはイレアを思いとどまらせるだけでは足りない。誰かの犠牲の上に成り立つ平和ではなく、誰もが笑顔を取り戻すために決着をつけなくてはならない。
「シン、どったのさっきから?」
「なにか、考えごとかな?」
「……分かったんです。僕達はどうすべきか、っていうことが」
「だから、それはイレアさんをどうやって止めるかっていう……」
「違うよ、聖沙。そうじゃないんだ」
 そう言って、シンはルルシェをじっと見つめる。想いを吐露したルルシェはまだ悲しそうな目をしていた。
 もしかしたら、イレアを説得し思いとどまらせた果てに待つ平和を掴む方が正しいのかもしれない。ルルシェ、パッキー、エグザエルが諦観してしまっていることを無視してもいいのかもしれない。
 けれど、どんな苦難が待ち受けているとしても、シンはその道を歩みたかった。キラキラに輝く未来を手にするためには、三人の傷心を見てみぬ不利なんてできなかった。
 きっとそれは可能になる。人間と天使と魔族が手を取り合うことができた絆を信じれば、何にだって負けることはないはずだから。
 そしてシンはおもむろに口を開く。
 一片の迷いもなく、ありたっけの勇気を込めた言葉を。
「ハーヴィスさんを救おう。最初のリ・クリエを、僕達が倒すんだ!」