ラブライブ×クルくるSS クルくるside

※ こちらのSSは連載の続きとなります。
興味がある方はこちらの記事から読んでいただけると内容をより分かっていただけるかと思います。


http://d.hatena.ne.jp/ai_kanata/20130506/1367838697


それでは続きをどうぞ



「聖沙に怒られなきゃいいけど……」
 先生から注意を受けないよう、シンは適度な早足で流星学園生徒会室へと移動していた。授業が終わってから既に二十分以上が経過しており、既に生徒会室にはナナカ、ロロット、聖沙、リアの四人がシンの到着を待っているだろう。さっちんのスウィーツに対する独自の見解に付き合っている場合ではなかった、という後悔の気持ちが更にシンの足を速める。
「スイートコーンはそもそもスウィーツじゃない気がするんだけどなー……」
 といいつつ、さっちんの脱力を誘うような声での主張を頭の中に思い出しながらシンは一人呟く。『甘みスイートコーンはスウィーツか否か』という今回の議題は、焼きとうもろこしを勢い被りつくと歯の間に皮が挟まってしまい居心地の悪さが持続してしまう、という妙な結論で終わったのだが、そもそもとうもろこしは果物ではないためスウィーツと分類するのはおかしいのではないだろうか。
 と、そもそもの議題の矛盾に気付いた時、シンは生徒会室の扉の前に到着していた。遅刻した事を聖沙に咎められてしまうのだろうな、と先の展開を予想しつつ頭の中で弁解の論を急いで固めながら生徒会室の扉を開いた。
「すいません、遅くなりました」
 謝罪と共にシンが入室する。だが、いつもならばリアが挨拶を返してくれるところなのだが、室内に響いていたのはアップテンポの音楽と澄んだ女の子の歌声だった。既に生徒会活動の準備を終えていた四人は生徒会専用のノートパソコンから目を離すことなくずっと何かの動画を眺めている。
「あ、シン君。こんにちは」
「遅れてすいません……。あの、何見てるんですか?」
 顔だけこちらに向けたリアが短く挨拶すると、すぐにパソコンに目を戻してしまう。彼女達は何を熱心に見ているのだろう、とシンも後ろに回って画面を覗き込んだ。
 再生されている動画では、九人の女の子達がどこかの講堂で歌い、踊っている映像が映し出されていた。学校の制服を着ているのを見るとシン達と同じ学生のようだが、どこの学校かは分からなかった。
 何かの部活の演目だろうか。それとも今巷で流行しているアーティストグループなのだろうか。世間の風俗に人一倍疎いシンには、彼女達が何者なのか分からなかった。
 だが彼女達の歌が、曲が、降り注ぐ柔らかな日差しのような笑顔が、滑らかに踊りから、シンは目が離せなくなった。画面を通した映像にも関わらず、心が自然と弾んでいく。歌詞の一つ一つのフレーズが、まるで活力を呼び起こしたかのように体が熱くなっていった。煌びやかな照明のせいではなく、彼女達の笑顔がキラキラしていて、シンは思わず見惚れていた。
「す、すごい……」
 そして曲が終わり、色鮮やかなサイリウムを持った人々の歓喜の拍手で講堂が包まれた。しばらく止む事のなかった拍手の間に九人の少女達は舞台に一列に並び、手を繋いで一礼する。パフォーマンスの熱気に包まれた観客達が――九人の少女達と同じ制服から考えて同じ学校の生徒だろうか――歓声と幾多の指笛で祝福する。思わずシンも、自然と手を叩きそうになる衝動に駆られた。
「やっぱり何度見てもいいね……! 復活してくれて本当によかったよね!」
「そうね、ナナカさん……。本当に、本当に素晴らしい歌と踊りだったわ……!」
「初めて見ましたけど、すごいんですね! これがスクールライバルですね!」
「スクールアイドル、ね」
「スクール……アイドル?」
 動画が停止し、ナナカ達はやや興奮気味に感想を話す。だがシンだけは、聞き慣れないスクールアイドルという単語に首を傾げた。
「咲良君、スクールアイドルも知らないの?」
「うん。何それ? 今有名な歌手の人?」
「あー……そっか、シンはあんまりインターネットとか使わないもんね」
「僕の家にはパソコンがないからね……」
「今、色んな学校でスクールアイドルっていうのを結成して、今の人達みたいに歌ったり踊ったりするの」
「聖沙が所属している聖歌隊みたいなものですか?」
「それとはちょっと違うわね……。何て言ったらいいのかしら……」
「自分達の学校を盛り上げたい、っていうのが目的なのかな……? 多分スクールアイドルによって結成の動機や理由は違うと思うんだけど」
「学校を盛り上げたい、ですか……」
「それでね、今の動画のスクールアイドルは自分達の学校の廃校を阻止するために自分達でスクールアイドルを結成したの。入学希望者が年々減り続けてて、学校を無くすことになりそうだったんだって」
「でも学校がなくならずに済んだんですよね!」
「そうそう! 学校を盛り上げて入学希望者が増えたんだって!」
「そ、それはすごいね……」
 まるで自分達の学校の問題であるかのように、ナナカとロロットが嬉しそうに説明を補足した。
 入学希望者の減少による廃校。シン達が通う流星学園には縁遠い問題ではあったが、廃校阻止まで辿り着くまでの彼女達の苦難が、大変の一言で片付けられるようなものではなかったことくらいは想像が付く。練習と活動の多忙さだけではなく、常に廃校の重圧と戦ってきたのだろう。
 シンは停止した動画のタイトル画面に目をやる。彼女達はどこの学校の生徒なのだろうか、と情報を探したのだが、そこには学校名はなく曲名だけがぽつんと記されているだけだった。
「ナナカ。この人達はどこの学校の人なの?」
「音ノ木坂学園ってとこだよ」
「うーん……僕は聞いたことがないや」
「流星学園から電車を使えば一時間くらいで行けるよ。けど、流星町に住んでて音ノ木坂学園に通うっていう人はあんまりいないみたいだね」
「流星学園に通わないとしても、隣駅に見星坂学園がありますもんね」
「会長さん! 私達もスクールアイドルを結成しましょう!」
「と、唐突な提案だねロロット……」
「私もこんなキラキラした場所でお歌を唄いたいです!」
「ロロットさん、私達は流星学園の生徒会役員なんだからスクールアイドルなんてできないわよ」
「それにアタシ達は魔族退治もしなきゃいけない流星クルセイダースでもあるんだかんね」
「それじゃあ歌って踊って魔族を退治するスクールアイドルになればいいんですよっ!」
「そ、そんな簡単に魔族退治ができるとは思えないんだけど……」
 自分達がミュージカルの演者になって変身し、霊術を行使して魔族を退治する光景を思い浮かべ、シンは嘆息した。流麗なダンスを披露したとしても、その隙に魔法で攻撃されるだけだろう。
「ま、アタシ達じゃなくても流星学園の生徒の誰かがスクールアイドルをやろう、っていつか結成するんじゃない?」
「それじゃあさっちんさんや巫女さんやエミリナにやってもらいましょう!」
「絶対紫央はやらないと思うわ……」
「さあ、みんな。そろそろ生徒会活動を始めよう。時間、なくなっちゃうよ」
「じゃ、アタシはパソコンを戻しておくよ」
 普段のように長々と雑談が長引きそうなタイミングを見計らい、リアがスクールアイドルの話題を止めてシン達を生徒会活動へと戻した。聖沙、ロロットが席に着き、リアは日本茶の準備を始める傍らで、ナナカが今まで使っていたノートパソコンの電源を落とし、隅のテーブルへ移動させた。
「そういえば、どうしてみんなでスクールアイドルの映像を見てたの?」
「アタシ達がずっとファンだったスクールアイドルが、最近になって活動を始めたの。なんかちょっとトラブルがあったらしくて、ラブライブ出場も辞退しちゃったんだよね」
「ラブ……ライブ?」
「スクールアイドルの大会みたいなやつなんだってさ。けど、復活して久しぶりに学校の講堂でライブやってさ、その映像がやっと見れたんだよね」
「へー……そうだったんだ」
 ナナカの説明を聞いていてもいまいち事情が掴めなかったが、生徒会の皆が応援しているスクールアイドルが復活したという簡単な結論で納得しておくことにした。
「それじゃあ、生徒会活動を始めるわ」
 ナナカも席に着き、リアが全員にお茶を用意してから、シンよりも先に生徒会副会長である聖沙が音頭を取った。ふふん、と勝ち誇った微笑を浮かべた聖沙がこちらを一瞥したが、今回シンは唯一の遅刻者だったため、あえて口を開かずに聖沙に譲る形にしたのだった。
「それじゃあ……」
 だが、聖沙が主導して生徒会の議論が始まろうとした時だった。
『おはよう、生徒会の諸君』
 ガチャリ、という重厚なスイッチが押される音と共に、テープが巻き取られる音と共に厳かな雰囲気を漂わせた女性の音声が流れてきた。いつの間にか生徒会室の隅に設置された古いテープレコーダが、どういう仕掛けがあったのかは知らないが再生を始めていたのだった。
「ひ、久しぶりにこの仕掛けが……」
「もう、お姉ちゃんったら!」
「びっくりしました……」
 突然大きな音声が流れ、生徒会室にいた全員の肩が一度だけ小さく震えた。だがすぐにナナカ達の表情が苦笑へと変わる。最近ご無沙汰の悪戯ではあったが、その人物が流星学園理事長であるヘレナということは全員が分かっていたからだ。
「またアタシ達に仕事かな?」
「大変な指示じゃなければいいんだけどね……」
「きっと美味しい物が食べられるチケットが用意してあるんですよ!」
「でも、最近私達は特別な活動をしてるわけじゃないわよ……?」
「お姉ちゃんのことだから、また厄介な問題を私達に押し付けてくるんじゃ……」
 豪快であり、かつ破天荒な性格のヘレナが今回は何の指示を下してくるのだろう。五人は各々あれこれと内容を想像しながら音声の続きが再生されるのを待つ。テープレコーダーの再生が始まった時は、ヘレナの挨拶→指示の内容→自動的に消滅する→本人登場、というのが恒例になっているため、基本的にシン達はじっとテープの続きに耳を傾けることしかできないのである。
 だが、しばらく待ってみてもヘレナの声は聞こえてこなかった。再生が止まったのだろうか、とシンが立ち上がって様子を確認しようとした、その時だった。
「どっかーん!」
「うわああああぁ!」
「きゃあっ!」
 気配を感じさせることなく、突然ヘレナが大声を出して姿を現した。完全に意表を突かれたシン達の口から思わず絶叫が漏れた。
「び、びびびび、びっくりしました!」
「お姉ちゃん! 驚かせないでよ!」
「先入観に捉われているようじゃ、まだまだ甘いぜお前達……」
 クールに言い放ったヘレナは、人差し指と中指で何かを挟んでいるようなジェスチャーをして口元へと近付ける。どうやら葉巻を吸っているという設定のようだった。
 理事長であり、自分の姉であるヘレナが登場し、リアは距離を取るようにして胸元に手を添えながら一歩下がった。妹であるリアの豊満な胸を弄ることが趣味となっているヘレナが、悪戯をしようと飛びかかってくるのを警戒しているようだ。
 だが、普段ならばその警戒を掻い潜って背後に回り好き勝手リアの胸を揉みしだくヘレナだったが、今日はすぐに理事長としての凛々しさを感じさせる表情を浮かべた。
「あれ、ヘレナさん……?」
「ちょっと今日は忙しいから、手短に用件を伝えるわ。ちょっとシンちゃん達にお願いしたいことがあるのよ」
 生徒会室の窓際まで移動すると、ヘレナは腕を組んで真剣な口調で言う。忙しいのならばテープレコーダーの仕掛けを用意せず直接生徒会室の扉から入ってくればよかったのではないか、と口にしそうになったが、余計な発言で話を脱線させるのも嫌だったのでシンは黙っておくことにした。
「アタシ達にお願い……?」
「そう。シンちゃん達に頼みたいのよ。ちょっと申し訳ないんだけど、ね」
「は、はぁ……」
 両手を胸元で合わせると、ヘレナは珍しく謝るような素振りで話し始めた。
「実はね、四日後に急遽流星学園でちょっとしたイベントを行うことになったの。その準備をシンちゃん達にも手伝って欲しいのよ」
「四日後……? 流星学園で何か行事があったかしら?」
「キラフェス、じゃないよね? 聖夜祭にはまだ早いし……」
「きっと焼き芋大会ですよ!」
「そんな行事はないよ、ロロットちゃん……」
「えーっと……」
 シンは制服の胸ポケットから生徒手帳を出し、行事カレンダーを確認する。だがヘレナが言った四日後の日はただの土曜日であり、欄は空白になっていた。
「何もないみたいですけど……」
「実はその日、音ノ木坂学園のスクールアイドル、μ’sを招待してライブをやってもらおうって思ってるのよ」
「μ’s!」
 その時、ナナカと聖沙が驚いて勢いよく立ち上がった。
「みゅー……ず? 薬用石鹸? 僕の家に確か試供品が……」
「そそそそ、そうじゃないよシン! μ’sだよ、μ’s!」
「さっき咲良君も映像を見てたでしょう! あの人達が音ノ木坂学園のスクールアイドル、μ’sなのよ!」
「そ、そうだったんだ……」
 鋭い剣幕でナナカと聖沙に怒られ、シンは思わずたじろいだ。
「本当なの、お姉ちゃん?」
「み、聖沙聖沙! μ’sだって! μ’sがうちの学校にくるんだって!」
「嘘……じゃないわよね……ほ、本当なんですね、ヘレナさん!」
「さすがに私も生徒に余計な期待をさせて突き落とすなんて真似はしないわ」
「アタシ達、すっごい近くでライブを見れたりするのかな!」
「楽しみですね! 私もリノリウムを振ってみたいです!」
サイリウム、ね……」
「μ’sのライブが間近で見られるなんて……」
 熱心なμ’sファンである聖沙達の傍で、スクールアイドルに関して丸っきり無知なシンは一人疎外感を覚えていた。感覚としては、有名人を学校に招く、というのが近いのだろうか。漠然と、きっと嬉しいことに違いないのだろう、というのは分かるのだが、歓喜と興奮を共有する、という段階には至れなかった。
「……で、でもどうして流星学園にμ’sを招待するんですか?」
 憧れのヒーローに会えることを楽しみにする子どものように目を輝かせていた聖沙だったが、ヘレナが用意したサプライズイベントにようやく疑問を抱いた。
「個人的に私がμ’sのファンっていうのも勿論あるんだけど、音ノ木坂学園の理事長とはちょっとした知り合いなのよ。昔の恩師、ってところかしらね」
「ってことは、向こうの理事長さんも流星学園出身なんですか?」
「大学みたいなところでお世話になった、ってところかしらね」
「は、はぁ……」
 ヘレナの要領を得ない話にシンは大雑把にしか理解できなかった。曖昧に説明をぼやかせているところから考えると、ヘレナが大学時代に講義を受けた、という単純なことではないのだろう。だが、謎多き理事長へレナのことを今更詮索する気にもならず、シンはとりあえず話の続きに耳を傾けた。
「音ノ木坂学園が廃校になりかけた、って話は知ってるわね?」
「それで生徒達がスクールアイドル、μ’sを結成して学校を盛り上げて廃校を阻止したんですよね! 最初は三人だったけど、七人とメンバーが増えて、最終的には今の九人になって」
「随分と詳しいわね、聖沙ちゃん」
「聖沙ってば、月刊スクールアイドルを買ってるもんね。毎月二十日に」
「な、なな、なんでナナカさんが知ってるのよ!」
「だって毎月買ってるじゃん。その日だけはいつもより早く生徒会活動を切り上げて本屋さんに直行してるしさ」
「み、見られてたなんて……」
 秘密が暴かれて聖沙がよろよろとくずおれた。恥ずべきことではないような気がするが、シンが余計な事を口走ると火に油を注ぐことになりかねないので、じっと黙っておくことにした。
「一応廃校は阻止できて来年度の新入生募集は行われることになったわ。そして、そのままラブライブに出場して、更に音ノ木坂の名前を全国に知ってもらおうっていう風になりかけていたみたいなんだけど、ね」
「出場を辞退しちゃったんだよね。ラブライブの出場はアタシも楽しみにしてたんだけどな……」
「そうね。ちょっとトラブルがあったみたいなのよ。メンバー間の問題っていうのかしら」
「……そういえばさっき、トラブルがあったから出場できなかったってナナカも言ってましたけど、ヘレナさんは理由を知ってるんですか?」
「知ってるわよ。向こうの理事長から話は一通り聞いてるもの」
「どうして出場しなかったのですか?」
「それはちょっと言えないわ。というよりも、本人達にもあまり触れないであげて。誰にだって人には言いたくないことってあるでしょ?」
 ヘレナはやんわりとはぐらかすと、何故かシンに軽いウインクを送った。
 話したくないこと。明かせないこと。それは魔王であったことを長く仲間達に隠していたシンにとって、少しばかり耳が痛い話だった。結果的にはただの杞憂に終わった問題ではあったけれど、今までの関係が一瞬で瓦解してしまうのではないかという怯えは今尚忘れることはできていなかった。
 μ’sの皆の事情を詳しく知らないが、ラブライブへの参加辞退の理由は興味本位で尋ねるような話題ではないようだ。シン達も、そしてヘレナに訊いたロロットも、それ以上疑問を掘り下げるような発言はしなかった。
「ま、色々あったけどμ’sは無事に復活して冬のラブライブ出場を目指してるみたいよ。でも、ちょっと困ったことになってるみたいで、ちょっと手を貸してあげようって思ってね」
「困ったこと?」
「復活したのはいいけど、ライブができるタイミングがないのよ。もう音ノ木坂学園は文化祭も終わっちゃったみたいだし、復活を印象付けるイベントがないってわけ」
「だから、流星学園に招待してライブをお願いするってことなんですね!」
「そういうことね。うちの学園にはスクールアイドルもいないし、結構ファンも多いみたいだからね。ここで一発、どかーんと派手なライブをすれば全国に復活を印象付けられて一気に順位も上がるんじゃないかってわけなのよ」
「あ、あのへレナさん、ちょっといいですか……?」
 板書していたわけではないが、ヘレナが熱のこもった企画説明を終えてシンが一つの質問を挟む。大々的にライブを行うことで全国にμ’s復活を知らせるというのはいいのだが、無視できない一つの問題が目の前に立ち塞がっていた。
「四日後にライブをやるっていうのはいいと思うんですけど……どこでやるんですか?」
「流星町の人達も入れるようにしたいから、フィーニスの塔の前の広場に仮設ステージを用意しようって考えてるわ。やっぱりライブっていったら野外ライブよ! どこかにテントを作って、そこでビールの販売もやったら最高よね!」
「お姉ちゃん、学校で飲酒の販売なんてダメだからね」
「いいじゃない、フェスよフェス!」
「そ、そうじゃなくて……仮設ステージを作るにしても、四日で組み上げるってちょっと厳しくないですか?」
「四日後って土曜日だけど、それまではずっと授業があるわけだからちょっと厳しいわ」
 生徒会室の壁に貼ってるカレンダーを見ながら、聖沙も不安を漏らした。
 キラフェスの時と違い、生徒会が主導するイベントとなると生徒会役員だけでは人手と時間が圧倒的に足りない。それにステージを一から組み上げるとなると、設営のノウハウを調べるところから始めなければならない。少なくとも、専門的な知識と技術を持つ人間が数名必要になってくるはずだ。
「大丈夫よ、シンちゃん。設営の技術者はちゃんと流星町の人に協力を得てるわ。人手に関してもちゃんとクリアしてるわよ」
「どこかの会社に依頼してるんですか?」
「流星学園が誇る屈強な運動部員達が手伝ってくれるそうよ。ステージ前列を約束したら、喜んで手伝うって百人規模で希望者が集まったわ」
「百人って……そんなに希望者が集まったっての……?」
「で、でもヘレナさん。運動部だって放課後は部活があるんじゃ……」
「μ’sの熱心なファンが多くてね。部活なんて後回しにするみたいよ」
 それでいいのだろうか、流星学園の運動部員達は。
「というわけだから設営に関しては問題ないわ。シンちゃん達に頼みたいのは、全体的な指揮を取って欲しいのと、明後日にうちを下見に来るμ’sの人達に学園の案内してあげて欲しいのよね」
「μ’sの人達をアタシ達が案内していいんですか!」
「やります! やらせてください、ヘレナさん!」
 再度立ち上がって身を乗り出したナナカと聖沙が二つ返事で快諾する。
「ちょっと待ちなさい。生徒会長はシンちゃんなんだから、ちゃんと話し合って意見をまとめなさい」
「咲良君! 断ったりしないわよね!」
「シン! 絶対やった方がいいんだかんね!」
「あ、うん……えーっと……」
 半ば脅迫に近い形でナナカと聖沙が迫る。シンは苦笑いを浮かべながら、先程ノートパソコンで見ていた映像を思い出していた。
 名前も知らない女の子達が歌い、色とりどりのサイリウムを振る音ノ木坂学園の生徒達は笑みに包まれ、講堂は一体感に包まれ輝かしいステージとなっていた。スクールアイドル、μ’sの九人も最高の笑顔で、自分達が研鑽を積み上げた歌と踊りを披露していた。その姿に目を奪われ、シンは言葉を失い歌声に聞き惚れていた。
 だが聖沙達からμ’s結成の事情を理解し、シンの中で少しだけ見方が変わっていた。
 廃校という方向性が出てきたということは、音ノ木坂学園の入学希望者はほぼ絶望的といってよかったはずだ。それなのに、彼女達は自分達の力でスクールアイドルを立ち上げ、そして母校のために活動を続け、望んだ未来を勝ち取ることができた。
 しかし、望んだ未来を勝ち取るための努力と熱意は並大抵のものではなかっただろう。日々の練習の厳しさまでは分からないけれど、あの講堂でのライブ映像を見ているだけでも遊び半分の活動ではなかったはずだ。
 それでも、彼女達は笑顔だった。分かりやすく言うなら、μ’sの九人は人々の心を魅了するくらいにキラキラしていた。学校は違えど、それはシンが生徒会発足時に立ち上げた公約の一つの形のように思えた。
 だからこそ、そんな彼女達に会いたいと思った。キラキラのステージを間近で見たいと思った。自然とシンの心が弾み、ワクワクする高揚を抑えられなかった。
「……うん。僕達でμ’sのお手伝いをしよう。キラキラのライブにしてあげよう!」
「おー!」
 こうして流星生徒会は、他校のスクールアイドルの窮地を救うための一歩を踏み出したのだった。